帝国戦車師団:大陸打通作戦  コマンドマガジン118号


wikiより
大陸打通作戦は、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)4月17日から12月10日にかけて、日本陸軍により
中国大陸で行われた作戦。正式名称は一号作戦(英語: Operation Ichi-Go)。
前半の京漢作戦(コ号作戦)と後半の湘桂作戦(ト号作戦)に大きく分けられる。
日本軍の目的は、当時日本海軍の艦船や台湾を攻撃していた爆撃機を阻止するために、中国内陸部の連合国軍の航空基地を占領することと、
日本の勢力下にあるフランス領インドシナへの陸路を開くことであった。日本側の投入総兵力50万人、800台の戦車と7万の騎馬を動員した
作戦距離2400kmに及ぶ大規模な攻勢作戦で、日本陸軍が建軍以来行った中で史上最大規模の作戦であった。

大陸打通作戦というと規模が大きくてどこまでが範囲か分かりづらいが、大陸打通の成功を以って作戦の終了と考えるなら、
京漢作戦と湘桂作戦のみが大陸打通作戦に含まれると思われる。
その後、1944年(昭和19年)12月10日以降に行われた南部粤漢線打通作戦などは含まれないと思われる。
今回のゲームでは、前半の京漢作戦のみを扱っています。

京漢作戦(コ号作戦)概要
1944年(昭和19年)4月17日から5月25日まで
日本軍の作戦は京漢線の打通と同時に、途中で右旋回し、側面を突こうと攻撃してくる湯軍主力を撃滅し
そのまま第一戦区軍も撃滅し洛陽の攻略を目指した。
4月17日 第12軍は夜 黄河を渡河、ここに『一号作戦(大陸打通作戦)』は開始された。
4月20日 日本軍は覇王城を守る中国第85軍に対して攻撃を開始した。
4月30日 第37師団をもって許昌攻城戦を開始した。
5月01日 第12軍主力は許昌を占領。 
5月09日 第27師団は確山に到着し京漢陸路の打通に成功。
5月19日 第63師団と独立歩兵第9旅団のみでの洛陽攻略を開始したが、容易には攻略できなかった。
5月20日 中国軍の物資集積基地のあった盧氏県も第37師団歩兵第226連隊によって占領された。
5月25日 戦車師団などを含む第12軍主力による攻撃に切り替えられ、洛陽を占領した。
6月01日 第一軍霊宝会戦(6月01日〜11日)

戦果と損害 作戦開始〜洛陽攻略まで(戦史叢書P515)
      戦死   戦傷    俘虜 
重慶軍 約37500   不明  約15000          
日本軍  約850  約2500    不明
鹵獲  火砲97 迫撃砲150 重機260 軽機530 小銃約10000 トラック120

湘桂作戦(ト号作戦)5月27日〜12月10日
5月27日の海軍記念日に日本軍は進撃を開始した。


戦史叢書(第004巻 一号作戦<1>河南の会戦)より
いつものようにゲーム開始前に戦史をさらっと勉強してみました。

第一戦区軍(戦史叢書P81)
戦区長官部の所在地は洛陽
本戦区は蔣鼎文を長官とする9個集団軍、19個軍、約40個師から成り総兵力約39万と判断された。
しかし、長官の統率力は弱く戦区の実権は、副長官湯恩伯が掌握していた。
湯恩伯将軍は、重慶軍中にあっても第一流の人物と目され、蒋介石総統の信任や部下の信望もあつかった。
そして、戦区中の有力な4個集団軍、約20万の兵力を直接指揮していた。
したがってわが進攻に際しての抗戦の中核は、湯およびその直系軍であることは、早くから判断されていた。
第一戦区軍の戦力判断
湯恩伯指揮下に属するものは、第85軍、暫編第15軍、第78軍、第13軍、第12軍、第29軍、第89軍などで、
戦力が甲またはこれに近いものは、第85軍、第13軍、第12軍、第29軍であり、そのうち第13軍、第85軍は
素質や戦力が特に優秀と目されていた。
軍の編成と装備
軍は、2または3個師をもって編成し、通常、軍直轄の砲兵を有している。師は3個団から成り通常山砲級の
砲4,5門をもっている。団は3個営からなり、1個営は3個連と1機関銃連、1迫撃排から成っている。
兵力は、優良な師で約1万、劣等な師は約4,5千である。第一線部隊は、編制装備が充実し、小銃(チェッコ製小銃)
は、約3分の2で、その弾薬は1銃当たり150発内外をもっている。
チェッコ軽機は、1連に約4〜5挺、1挺当たり弾薬約600発を持ち、予備弾薬としてほぼ同数を有する。
1個団には機関銃12挺を、その弾薬は1銃当たり1.5万発である。
迫撃砲は6門、弾薬各門約80発である。尚各人は柄付手榴弾2〜3発のほか、白麺の携帯食約4日分を携行している。
素質、戦法など
抗日教育の徹底により、将兵の戦意は相当旺盛である。しかし下級将校は戦闘の経験に乏しく、兵員の年齢は16〜35才
などで一様でない。軍紀は一般に良好に保たれている。
幹部の多くは軍官学校出身者で、その錬成の度や、素質も、おおむね良好である。
重慶軍は、つとめて決戦を避けて、損害を減少しようとするのを定石とする。しかし、強きを避け、弱きに乗じ、劣勢と
みた敵に対しては、予想外の戦意を発揮するのはその特性である。また、雑軍を第一線に駆り出して後方から督戦し、
優良部隊を温存するため、後方に控置するのは、常套手段である。
近来、ソ連式戦法を採用して、防御を有利とし、陣前に敵を吸引して、火力で撃滅を図る戦法を極度に賞用している。
その拠点式陣地の構築、訓練特に火力の発揚には注目すべきものがある。なお在支米空軍と密に連係して、わが後方補給路
の攪乱と、わが攻撃の阻止に努めることは、今次作戦に予想される一特色と考えられる。
夜間の攻撃には、偽喊声を発して、わが射弾を浪費させ、守備人員の察知に努めることが多い。またその攻撃は喧噪で
乱射を伴い、手榴弾を投げ終わればひとまず後退して、攻撃を復行するのを常とする。地雷は拒馬、鹿砦の直前に埋設し、
また道路上には偽地雷を置き、その側方に真地雷を敷設することもある。
方面軍の作戦構想の決定
努めて大きな戦力を、この作戦に充てる。このため占拠地域内の治安は、一時的にある程度犠牲にする。そのため、
隷下各軍の抽出しうる最大限の兵力を用いる。その目標はおおむね全兵力の約2分の1とし、歩兵は少なくも約65大隊
と予定する。
主作戦軍は、第12軍の指揮する第37、第62、第110師団に、機動兵力としての戦車第3師団、騎兵第4旅団をもって構成する。
作戦は、これを二期に区分し、まず当面の敵陣地を突破して、黄河南岸に軍の主戦力を集結する。次いで軍は京漢線に沿って
南下を装い、鄙城付近を軸とし主力をもって西方に向かい右旋回し、第一戦区軍、特に湯恩伯軍を補足撃滅する。
作戦目標は洛陽とし、状況によっては、許昌付近において右旋回することがある。この間、一部をもって京漢線を打通して
武漢地区に連絡する。

北支那方面軍 進攻兵団と後方警備兵力(戦史叢書P88)
転用や増加兵力をやり繰りして何とか予定通り約半数の戦力を確保する。
砲兵火力を持たない丙師団が主であるため、他に砲兵力の増強も行われている。
進攻兵力
 第12軍
  第110師団 9個大隊
  第62師団 8個大隊
  第37師団 9個大隊
  独立混成第7旅団 5個大隊
  戦車第3師団、騎兵第4旅団 3個大隊
  第27師団 9個大隊
  独立混成第1旅団 1個大隊
 菊兵団
  第63師団 3個大隊
  独立歩兵第9旅団 4個大隊
  独立混成第9旅団 1個大隊
  第12野戦補充隊  3個大隊 
 第1軍  
  独立混成第3旅団 3個大隊  
  第26師団    3個大隊
  独立混成第2旅団 1個大隊  
合計67個大隊

後方警備兵力
 直轄
  第63師団 5個大隊
  独立混成第1旅団 4個大隊
  独立混成第8旅団 5個大隊  
  独立混成第9旅団 4個大隊
  独立歩兵第4旅団 4個大隊
 第59師団長
  第59師団 8個大隊
  独立混成第5旅団 5個大隊
  独立歩兵第1旅団 4個大隊
  独立歩兵第2旅団 4個大隊
 駐蒙軍
  第26師団 6個大隊
  独立混成第2旅団 4個大隊  
 第1軍
  第69師団 3個大隊
  独立混成第3旅団 2個大隊  
  独立歩兵第3旅団 4個大隊
  独立歩兵第10旅団 4個大隊
  独立歩兵第14旅団 4個大隊
合計70個大隊

戦闘規模(戦史叢書P101)
 作戦参加兵力、人員14万人、馬約3万、自動車約6千両、火砲約250門を想定

作戦兵団詳細(戦史叢書P108) 
第110師団
 昭和13年姫路で編成、支那派遣以来、北支那方面軍直轄兵団として警備に任じていた。
 昭和18年5月の軍令陸甲第36号により改変され、歩兵第110、歩兵第139、第163の各連隊
 工兵隊、通信隊、野戦病院、病馬廠から成り、砲兵連隊はない。
 師団兵力の合計、人員14205名、馬2908頭、自動車113両
第62師団
 昭和18年5月の軍令陸甲第36号により、独立混成第4旅団を基幹として編成され、第1軍に隷属して警備に任じていた。
 いわゆる治安師団で、4個独立歩兵大隊をもった歩兵旅団2個と、工兵隊、通信隊、輜重隊、野戦病院、病馬廠などからから成っていた。
 砲兵連隊はなかった。両歩兵旅団の編組は、歩兵第63旅団(独立歩兵第11、第12、第13、第14大隊)、歩兵第64旅団(独立歩兵第15、第21、第22、第23大隊)
 師団兵力の合計、人員15939名、馬2558頭、自動車75両
第37師団
 昭和14年2月、久留米第12師管において編成し、5月北支那に派遣以来、第1軍に隷属して警備に任じていた。
 この師団は、歩兵第225、第226、第227の各連隊、山砲兵第37連隊、工兵第37連隊、輜重兵第37連隊、師団通信隊、兵器勤務隊、野戦病院、病馬廠
 防疫給水部から成っていた。
 師団兵力の合計、人員15164名、馬3355頭、自動車124両
独立混成第7旅団
 昭和14年1月、旭川で編成し、北支那に派遣以来、北支那各地に転戦し、昭和18年夏からは、第12軍隷下として警備に任じていた。
 旅団は独立歩兵第26、第27、第28、第29、第30大隊、砲兵隊、工兵隊、通信隊から成っていた。
 旅団兵力の合計、人員8220名、馬1039頭、自動車9両
戦車第3師団
 駐蒙軍隷下にあって警備に任じていた。
 昭和17年12月編成を命ぜられ、同18年秋ころ、ようやく完結したばかりであった。
 師団は、戦車第6旅団司令部、戦車第13、同第17連隊、機動歩兵第3連隊、機動砲兵第3連隊のほか速射砲隊、捜索隊
 工兵隊、整備隊、輜重隊、野戦病院、防疫給水部、患者収容隊で編成されていた。
 戦車連隊は、人員1071名、戦車73両、自動車27両より成っていた。
 機動歩兵連隊は、人員3029名、戦車22両、自動車89両から成る。
 機動砲兵連隊は、人員1506名、90式野砲12門、10cm榴弾砲24門、自動車73両から成る。
騎兵第4旅団
 旅団は、第12軍隷下にあって、大東亜戦争開始前から帰徳に司令部をおいていた。
 主として新黄河を介して、重慶軍特にその騎兵部隊と相対していた。
 旅団の来歴は古く(明治42年4月豊橋で編成)、昭和7年満州派遣から、昭和13年7月北支那に派遣されて以来のもので、
 特にその対支那軍戦闘慣熟の体験からしても、その戦力の発揮は、大いに期待された。
 しかし、人員は定期補充されていたが、馬はこの数年来補充がなく、最古馬は、馬齢すでに20を越え平均16.5才であった。
 このため大体3分の1は、第一線に使用できず留守部隊に残すこととした。
 旅団編成の概要は、騎兵第25、同26連隊、騎砲兵第4連隊、輜重隊から成る。
 旅団兵力の合計、人員3230名、馬3189頭、自動車104両。尚、出動兵力は1675名。 
第27師団
 昭和13年6月、支那駐屯兵団を基幹として編成され、長く天津付近にあって治安警備に任じていた。
 昭和18年6月、関東軍へ転属し、主として錦州地区に駐屯して教育訓練に専念していた。
 今次の作戦にあたって、唯一の増強師団として再び支那派遣軍の隷下に入り、第11軍の戦闘序列に編入された。
 転用にあたり、一時北支那方面軍の指揮下にあって、京漢作戦の進捗に伴い、おおむね京漢線沿線を経て第11軍
 の隷下に入り、武漢地区に到るように指示されていた。
 京漢作戦以後の作戦にも使用されるため、極力師団の消耗を避けて第11軍の隷下に入れようとする配慮があった。
 師団は、支那駐屯歩兵第1、同第2、同第3連隊、山砲兵第27連隊、工兵第27連隊、輜重兵第27連隊、師団通信隊
 衛生隊、第1、第2、第4野戦病院、病馬廠から成っていた。
 師団兵力の合計、人員16688名、馬3131頭、自動車135両 
軍直轄諸部隊その他
野戦重砲兵第6連隊
 動員して支那派遣以来第1軍の隷下で長く山西省運城地区にあった。
 連隊は4年式15cm榴弾砲装備、他に鹵獲した10cm加農装備の特設中隊を有していた。
 連隊兵力の合計、人員2386名、馬1628頭 
独立野砲兵第11大隊、独立山砲兵第1大隊
独立工兵第40連隊
独立工兵第38連隊
独立工兵第59、同第60大隊
今次作戦にあたり、各兵団から抽出参加した部隊 
独立歩兵第74大隊
 独立混成第1旅団所属。作戦参加を命ぜられる。
独立歩兵第5大隊
 独立混成第2旅団所属。作戦参加を命ぜられる。
独立歩兵第38大隊
 独立混成第9旅団所属。作戦参加を命ぜられる。

ゲームと史実の比較
戦史叢書をざっと見て史実とゲーム登場ユニットを調べてみた。数値は(戦闘力-移動力)
日本軍
 戦車第3師団 総数6ユニット
  戦車第13連隊        8-8
  戦車第17連隊        8-8  
  戦車第3師団捜索隊     4-8
  機動歩兵第3連隊第1大隊 5-8
  機動歩兵第3連隊第2大隊 5-8
  機動歩兵第3連隊第3大隊 5-8
 第27師団 総数9ユニット
  支那駐屯歩兵第1連隊第1大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第1連隊第2大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第1連隊第3大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第2連隊第1大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第2連隊第2大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第2連隊第3大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第3連隊第1大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第3連隊第2大隊 6-7
  支那駐屯歩兵第3連隊第3大隊 6-7
 第37師団 総数9ユニット
  歩兵第225連隊第1大隊 5-6
  歩兵第225連隊第2大隊 5-6
  歩兵第225連隊第3大隊 5-6
  歩兵第226連隊第1大隊 5-6
  歩兵第226連隊第2大隊 5-6
  歩兵第226連隊第3大隊 5-6
  歩兵第227連隊第1大隊 5-6
  歩兵第227連隊第2大隊 5-6
  歩兵第227連隊第3大隊 5-6
 第62師団 総数8ユニット
  独立歩兵第11大隊 3-4
  独立歩兵第12大隊 5-4
  独立歩兵第13大隊 3-4
  独立歩兵第14大隊 3-4
  独立歩兵第15大隊 3-4
  独立歩兵第21大隊 3-4
  独立歩兵第22大隊 3-4
  独立歩兵第23大隊 3-4
 第110師団 総数9ユニット
  歩兵第110連隊第1大隊 4-6
  歩兵第110連隊第2大隊 4-6
  歩兵第110連隊第3大隊 4-6
  歩兵第139連隊第1大隊 4-6
  歩兵第139連隊第2大隊 4-6
  歩兵第139連隊第3大隊 4-6
  歩兵第163連隊第1大隊 4-6
  歩兵第139連隊第2大隊 4-6
  歩兵第139連隊第3大隊 4-6
 独立混成第7旅団 総数5ユニット
  独立歩兵第26大隊 3-4
  独立歩兵第27大隊 3-4
  独立歩兵第28大隊 3-4
  独立歩兵第29大隊 3-4
  独立歩兵第30大隊 3-4  
 独立歩兵第9旅団 総数4ユニット
  独立歩兵第223大隊 2-4 
  独立歩兵第224大隊 2-4
  独立歩兵第225大隊 2-4
  独立歩兵第226大隊 2-4
 歩兵第67旅団  総数3ユニット
  独立歩兵第25大隊 2-4
  独立歩兵第78大隊 2-4
  独立歩兵第137大隊 2-4
 騎兵第4旅団  総数2ユニット
  騎兵第25連隊  3-8
  騎兵第26連隊  3-8
 第12野戦補充隊 3-4
 野戦重砲兵第6連隊  2-4

第1軍所属(天兵団)
 独立混成第3旅団(洋兵団)
  独立歩兵第6大隊 3-4  
  独立歩兵第7大隊 3-4
  独立歩兵第8大隊 3-4
 歩兵第59旅団(第69師団所属)(地兵団主力)
  独立歩兵第82大隊 2-4
  独立歩兵第84大隊 2-4
  独立歩兵第112大隊 2-4(120大隊の間違い?叢書P389) 
 地兵団(第69師団所属)
  独立歩兵第85大隊  3-4  
  独立歩兵第118大隊 3-4
 神部隊 6-4(第26師団より臨時に編成されたもの叢書P401)

中国軍について
 付図第二、昭和十九年春京漢作戦指導構想概見図(開進の配置をふくむ)
        第一戦区重慶軍配備概要図(昭和十九年二月ころにおける)
を参考にまとめてみたが、所属不明の部隊がいくつかあった。
あと、覇王城正面で頑張ってた中国軍の110師が無いのも気になった。
54師と91師が2ユニットあるけど、戦闘力が違うのでエラーじゃなくて別部隊か?
中国軍は数が多いうえに、暫編とか新編とか重複する数字を使うのでややこしい。
中国軍(Kは騎兵、Tは暫編、Nは新編、Rは予備)
第1戦区軍
 司令部      隷下師団
 2K(第2騎兵軍) T14 3K 8K
 12(第12軍)      22 81
 13(第13軍)      4 29 117 20
 14(第14軍)      83 85 94
 15(第15軍)      64 65 47
 29(第29軍)       91 91 143 T16
 38(第38軍)      17 N35
 40(第40軍)      39 
 47(第47軍)     104 178
 69(第69軍)     181
 78(第78軍)     N43
 85(第85軍)      23 R11
 89(第89軍)     N1
 96(第96軍)     N14 177
 T15(暫編15軍) T27 N29 T1
 N8(新編8軍)    T29 N6 
 78Aユニット 新黄河の多数の縦隊を指揮する軍か?
第8戦区軍
 9(第9軍)       54 54 N24 (増援として第1戦区軍へ、叢書P380)
第8戦区軍(水色) 111 112 T30
第5戦区軍(若草色)
 68(第68軍)    136 143
所属不明又は増援 40 89 185 193 T5 T20 T28 



作戦開始前、日中両軍勢力範囲



ここから本題のゲームについて

概要
大陸打通作戦の前半戦、京漢作戦のみを扱う。
ゲームスケールは、1ターン1週間、1ヘクスは4.8km、ユニットは、日本軍は連隊/大隊規模
中国軍は師団規模だが、その実力はバラバラで戦ってみないとわからない。

勝利条件
あるゲームターン終了時、マップ南端の目標地点(ヘクス5136)とマップ西側の目標地点(霊宝ヘクス0208)の
両ヘクスを日本軍が占領しており、鉄道ヘクスのみで連絡線が引ければ日本軍の戦略的勝利で、直ちにゲームが終了する。
日本軍が戦略的勝利を達成できなかった時、第6ゲームターン終了時、マップ南端の目標地点(ヘクス5136)を占領していて
鉄道線だけで連絡線を引け、かつ10点以上のVPを獲得できれば日本軍の作戦的勝利となる。洛陽の攻略は必須ではない。
VPの獲得
都市や町など旗と得点が描かれている拠点を占領する。(日本軍ユニットがいて連絡線が引けなければならない)
中国軍司令部を壊滅させると1VP得られる。
日本軍ユニットが壊滅すると1VP失う。機械化ユニットが壊滅すると3VP失う。

1ゲームターンの手順
 日本軍ターン
  第1作戦フェイズ(移動、戦闘どちらか)
   中国軍リアクションフェイズ(計画的撤退、1ターンに1度のみ)
  第2作戦フェイズ(移動、戦闘どちらか)
   中国軍リアクションフェイズ(計画的撤退、1ターンに1度のみ)
  第3作戦フェイズ(移動、戦闘どちらか)
 中国軍ターン
  移動または戦闘フェイズ(どちらか一方のみ、先に戦闘すると攻撃右に1シフト修正)
  移動または戦闘フェイズ(先の行動で移動、戦闘どちらか行わなかった方)

ゲーム前ルール把握
スタック制限
 日本軍は3個まで
 中国軍は歩兵または騎兵は2個まで+司令部
 所属戦区軍が異なるユニット同士はスタックできない

増援
 中国軍は例によって町か都市からも増援が出現するので警備兵力で塞いでおかなければならない
 中国軍の騎兵ユニットがマップ東端から出現するので京漢鉄道線が脅かされるので要注意

支配地域
 日本軍はすべてのユニットがZOCを持つ
 中国軍は2ヘクス以内に司令部を持つ歩兵/騎兵はZOCを持つ
 司令部自体はZOCを持たないが、歩兵/騎兵とスタックしていればZOCを持つ

移動と地形
 道路沿いに移動するユニットは、ヘクスの地形に関係なく0.5MPの消費で移動できる
 鉄道沿いに移動するユニットは、ヘクスの地形に関係なく1MPの消費で移動できる
 山地は機械化及び砲兵は進入不可
 機械化移動(日本軍の戦車、捜索、機動歩兵) 戦闘フェイズで戦闘をした後、機械化移動を行える。(騎兵は×)

戦闘
 攻撃目標が山地または都市の時、大河川越しに攻撃を行う時、防御側の戦闘力は2倍になる。
 戦闘で町や小河川は何の影響もない
 機動戦闘(日本軍の戦車、捜索、機動歩兵) 移動フェイズで移動をした後、機動戦闘を行える。(騎兵歩兵などはスタックしていても×) 
 諸兵連合効果 戦車ユニット(戦車、捜索)が歩兵(機動歩兵含む、騎兵は×)とスタックして攻撃を行う時、戦闘比が右に1シフト修正される(都市が攻撃目標の時は無効) 
 砲兵 都市に対する攻撃に砲兵を参加させていれば戦闘比が右に1シフト修正される(都市以外が攻撃目標の時は無効)
 機械化ユニット(日本軍の戦車、捜索、機動歩兵)は山地にいる敵を攻撃できない

中国軍の計画的撤退
 撤退ルート EZOCを通らずにマップ南西東端までたどることが出来なければならない。
 撤退は司令部が指導する。歩兵/騎兵は司令部から2ヘクス以内にいないと計画的撤退はできない。
 撤退したユニットは次のターンに未経戦状態で増援として再登場する。


1回目リプレイ(回想)

        
初期配置 
 
ゲーム前作戦
日本軍にしては珍しく十分な戦力が用意されている。ユニットの数だけ見ても中国軍と同等かそれ以上。
史実では大隊単位で兵力量を算出していたので、中国軍の1個師に対して日本軍の1個大隊で対抗できると考えたのだろうか?
それとも、大隊単位の治安部隊が多かったから数えやすかっただけなのだろうか?それはともかく
京漢線を打通してマップ南端の目標地点(ヘクス5136)を占領するだけなら恐らくそれほど難しくないと思われる。
史実通り、まずは南に突進してその後右に旋回して拠点を少しずつ押さえてVPを稼ぐ。後は流れで。
中国軍は運用が難しいうえに、日本軍には戦車師団があるのでよっぽどうまくやらないとあっけなく終わってしまう危険もある。

作戦のカギを握る戦車第3師団(戦車連隊2、戦車捜索連隊1、機動歩兵3)の動きを追って回想してみたいと思います。
他のユニットに隠れてよく確認できなかった部分もあるが、赤丸印を付けてみました。
VASSALモジュールじゃなくて直撮りなのでちょっと見にくいかもしれません。


1ターン目終了時

状況1
日本軍第1作戦フェイズ(戦闘)
 まずは目の前の敵を倒して突破口を開かないとどうにもならないので、当然戦闘を選択。
 黄河対岸橋頭保の第62師団と第110師団、黄河対岸東北部の第37師団を主力とする助攻部隊も順調に敵を排除する。
日本軍第2作戦フェイズ(移動)
 その後、移動を選択して戦車第3師団をはじめとする増援部隊を続々と登場させる。
 この時、記録によると機動戦闘を行って最初の都市、鄭州を占領している。
中国軍リアクションフェイズ
 計画的撤退。どう動かしたかは不明。
日本軍第3作戦フェイズ(戦闘)
 戦闘で更に突破口を広げる。
中国軍移動戦闘フェイズ
 中国軍は残った部隊と増援で何とか前線に防衛ラインを引くことに成功。後方の部隊も前進させる。
このターンの戦闘で、中国軍歩兵3ユニット、日本軍歩兵1ユニット除去。


2ターン目終了時

状況2
日本軍第1作戦フェイズ(移動)
 増援として強力な第27師団(戦力6-7)の9ユニットが登場する。
 中国軍の防衛ラインを突破するためまずは移動を選択して接近する。
 この時、機動戦闘で相互損害が出て戦闘力6の中国軍歩兵ユニット除去するも戦車ユニットが裏返って弱体化
 (本来なら除去だった。戦車なら裏面で生き残ると思っていたので機動歩兵が犠牲になっていたかも。状況が変わっていたかもしれない痛恨のミス)
第2作戦フェイズ(戦闘)
 敵を随所に撃破して完全に防衛ラインを粉砕する。
中国軍リアクションフェイズ
 計画的撤退。どう動かしたかは不明。
日本軍第3作戦フェイズ(移動)
 残った敵を各所で包囲しつつ一部の部隊を突進させる。
 戦車師団の機動戦闘が強力で一気に無防備だった許昌を占領する。
 第2の都市新鄭は戦車師団の一部を残して包囲、攻略は次に持ち越す。
中国軍移動戦闘フェイズ
 鞏県周辺に突出してきた日本軍2ユニット包囲して1:1で攻撃
 DOが出て強敵第27師団の日本軍2ユニット撃破、中国軍歩兵1ユニット損害
 前線に取り残された部隊で遅滞しつつ、防衛線は諦めて拠点防衛に転換する。
このターンの戦闘で、中国軍司令部4歩兵7騎兵1ユニット、日本軍歩兵2ユニット除去。
南への進撃は順調だが、洛陽方面の進撃が怪しくなってきた。


3ターン目終了時

状況3
日本軍第1作戦フェイズ(戦闘)
 まずは戦闘で包囲した敵部隊の撃滅に努める。大部分の撃滅に成功するが新鄭は攻略できず。
日本軍第2作戦フェイズ(移動)
 増援で登場した戦力の弱いユニットは後方の警備に当てる。第1軍も黄河対岸に登場。
 敵残存部隊の対処と新鄭攻略部隊を残して他の部隊は前進させる。
 戦車師団の機動戦闘で鄙襄を占領。
中国軍リアクションフェイズ
 計画的撤退。どう動かしたかは不明。
日本軍第3作戦フェイズ(戦闘)
 敵残存部隊を完全に排除、新鄭占領。   
中国軍移動戦闘フェイズ
 動かし方が下手過ぎたのか、かなりの中国軍ユニットを除去されてしまった。
 洛陽方面は少し粘ってるが、打通線方面はスカスカとなってしまった。
このターンの戦闘で、中国軍司令部5歩兵14ユニット、日本軍歩兵1ユニット除去。
戦車第3師団6ユニットは鄙襄に全部終結。
第1軍が登場したまま動きが無いが、戦闘するの忘れた?


4ターン目終了時 
 
状況4
日本軍第1作戦フェイズ(移動)
 拠点に籠る敵以外ほぼ一掃したので前進させる。
 機動戦闘で中国軍第5戦区軍を撃破、打通線南端を占領。
中国軍リアクションフェイズ
 計画的撤退。どう動かしたかは不明。
日本軍第2作戦フェイズ(戦闘)
 日本第1軍、戦闘力の高い増援の神連隊を加えて黄河前面の敵を攻撃、撃破して渡河成功。
 第27師団の移動力戦闘力が思いの外高く嵩県を占領。
日本軍第3作戦フェイズ(移動)
 戦車師団の機動戦闘で葉県、魯山占領。
中国軍移動戦闘フェイズ
 増援でマップ南端の打通線占領していた日本軍騎兵1ユニット攻撃、除去。 
 洛陽方面の偃師で戦闘力7の中国軍が粘っていて日本軍を足止めしているが包囲される。
このターンの戦闘で、中国軍司令部1歩兵4騎兵1ユニット、日本軍騎兵1ユニット除去。
あらかた南方の敵を撃破したので、次のターンから戦車第3師団を洛陽方面に転進させたいところ。


5ターン目終了時

状況5
日本軍第1作戦フェイズ(移動)
 打通線南端に現れた敵を放置できず戦車師団を向かわせる。機動戦闘で中国軍歩兵1ユニット撃破。
中国軍リアクションフェイズ(計画的撤退)
 日本の戦車師団を引き付けたし、勝ち目が無いので打通線南端の部隊を撤退させる。
日本軍第2作戦フェイズ(戦闘)
 戦力を集中してやっと偃師周辺の敵を排除する。
 第1軍と共同して洛陽を包囲、攻撃するも思いの外強く(合計戦闘力10で都市効果2倍)攻撃を跳ね返される。  
日本軍第3作戦フェイズ(移動)
 洛陽に戦力を集中させる。戦車師団の一部も到達。
 マップ南端の増援出現ヘクス、町や都市も完全に塞いで打通鉄道線の守りは鉄壁。
 中国軍騎兵も倒しているのでマップ東端は警戒する必要は無くなった。
中国軍移動戦闘フェイズ
 VPを取られる洛寧と霊宝方面の守りを固める。
このターンの戦闘で、中国軍司令部1歩兵4ユニット、日本軍歩兵1ユニット除去。 


6ターン目終了時(ゲーム終了)

状況6
日本軍第1作戦フェイズ(移動)
 戦略的勝利目標の霊宝攻略は諦め洛陽に戦力を集中、砲兵も加えて万全を期す。
日本軍第2作戦フェイズ(戦闘)
 日本軍戦力合計89+砲兵VS洛陽中国軍10*2=20、何とか撃破、洛陽占領。
第3作戦フェイズ(移動)
 洛陽の部隊は移動させても攻撃できないのでそのままとする。
 戦車師団のみ移動、機動戦闘で中国軍排除、洛寧占領。 
中国軍ターン
 最早やることなし。増援を適当な拠点に配置。日本軍に隙があれば嫌がらせできたが。
このターンの戦闘で、中国軍司令部2歩兵3ユニット除去。

勝敗判定
損害VP(12-6=6)
 日本軍(VP-6)  歩兵ユニット5 騎兵1ユニット
 中国軍(VP+12)  司令部ユニット12 歩兵ユニット37 騎兵ユニット2
 占領地(VP+10) 許昌2VP、鄙襄1VP、マップ南端1VP、葉県1VP、魯山1VP、嵩県1VP、洛寧1VP、洛陽2VP
総計VP16
霊宝占領までの戦略的勝利は達成できなかったが、日本軍の作戦的勝利
京漢鉄道連絡線を確保して洛陽も占領できたのでまずまずの成果
もう一歩速く戦車師団を洛陽方面に転進、洛陽を歩兵部隊のみで攻略できる態勢ができてたらワンチャン霊宝を攻略できたかもしれない。


戦車師団のユニットについて
移動フェイズでも戦闘フェイズでも移動と戦闘を両方行えるので強力
機動歩兵を同行させていれば諸兵連合効果もある
最大の敵は5:1でもありえるEXの相互損害
それとAO攻撃側選択とDO防御側選択が厄介。通常なら退却で損害を相殺することが多いが
相手が高目標の戦車師団だった場合は中国軍は自軍ユニットを犠牲にして道ずれにするだろう
移動力が突出してるのと機械化移動と機動戦闘を集中して行うのに都合がいいのでまとまって使用することが多い
なので、損害を受けた場合弱いユニットで吸収することができないのが難点か

感想
1回やっただけの感想なのであまり参考にならないかもしれないが。
ゲームとはいえ痒い所に手が届くというか、非常に用意周到に準備された作戦だと感じた。
兵力的にも当時の状況にしては十分と思われるし、多少戦力は劣るけど日を追うごとに増援部隊が登場して
それを警備に当てられるので後方を気にせず前進させられる。
中盤からは、洛陽攻略にもう少し戦力が欲しいと思ったタイミングで黄河対岸から第一軍が増援として登場する。
史実の作戦がうまくいったように、マップ南端の打通線確保と洛陽攻略までは容易に行えると思う。
でも、戦略的勝利の霊宝攻略までは若干厳しいかもしれない。
日本軍ファンとしてはうれしい限りだが、戦車第3師団が非常に強い。戦車連隊と機動歩兵を合わせれば諸兵連合効果もあるし
戦闘力が高いので突出してもほとんどやられる心配がない。機動戦闘や機械化移動が凶悪でその破壊力はすさまじい。
だけど、マップ南端まで向かわせた戦車第3師団を洛陽方面に転進させたが、洛陽攻略には十分間に合ったが霊宝攻略までには
ちょっと足りなかったので、この切り札をどうやって使いこなすかがポイント。
あと、地味に第27師団(戦闘力6移動力7)が強い。史実では第11軍に合流して京漢作戦以後の作戦にも使われるためなるべく
消耗を避けるような配慮がなされたが、このゲームでは無視して思いっきり酷使して戦車師団に準じた働きをしてくれました。
1個だけある砲兵は使いどころに迷うが、移動力が低いので南か西どちらかにしか使えない。南は恐らく戦車師団を
使うことが多いのでそれで何とかなるだろう。西に向かわせて洛陽攻略に使うのがいいかもしれない。
中国軍の増援で思わぬ逆襲を受ける恐れがあるので、最低限、町や都市、マップ南端の増援出現ヘクスは塞いでおきたい。
いちいち塞ぐと戦力が足りなくなるかと思ったけど、それほど戦力の不足は感じなかった。ただ、中国軍騎兵が残っていると
鉄道線を脅かされるのでマップ東端にも配慮が必要になってくる。
都市に籠った敵の戦力が運悪く大きかった場合かなり苦戦する。今回、洛陽で合計戦闘力10の敵と遭遇。
都市は戦闘力2倍なので弱かった場合は2倍でも大したことないけど、10もあると2倍で20になるので2:1にするだけでも結構大変。

中国軍の使用感
今回はあんまり敵を包囲できなくても大きめの戦力をぶつければ退却されずに部隊を壊滅させることが出来た。
これが誤算で、1ターン目の最後に中国軍で防衛ラインを引いてみたが、2ターン目で日本軍の高密度の攻撃であまりにもろく
寸断されて各所で包囲され戦略的撤退もできず一気に戦力を失ってしまった。徐々に後退する遅滞戦術は難しい。
だけど、開けた南方と違って西方の洛陽方面は遅滞戦術がうまくいってかなり粘ってくれた。運よく戦力の大きめの駒を引けたのも大きかったが。
許昌ががら空きだったのも誤算だった。都市では戦闘力が2倍になるので粘れるチャンスだったが、防衛ラインがあっさり突破された上に
戦車部隊の機動力が想像以上で一気に占領されてしまった。
後は拠点防衛で散発的に使うしかなく、あまり嫌がらせできず容易に包囲されて戦略的撤退もできずやられていった。
健闘できたのは輩県周辺の戦闘で比較的戦力に恵まれていたので反撃に出て日本軍の2ユニットを包囲殲滅できたのと、京漢線南端を守っていた
日本軍の騎兵1ユニットを増援で包囲殲滅したところか。後は運よく相互損害で3ユニット撃破できた。
遅滞行動しようとしても日本軍が3回行動できるからすぐに包囲されて身動きが取れなくなることが多い。
リアクションフェイズの計画的撤退が使いにくい。撤退すると完全にマップから取り除くことになるので日本軍の好き放題にされるし
かといってそのまま残すと日本軍に包囲されて身動きできなくなる。一歩下がるとかできるといいかもしれないがそうなるとゲームバランス的に
良くないのかもしれない。
作戦としてはとにかくVPを取られる司令部を逃げ回らせるか、唯一マップ東端から増援として出現させられる中国軍騎兵をなるべく延命させれば
最終ターンの最後で京漢鉄道線のどこかを寸断できるかもしれない。出来なかったとしても注意を引き付ければ日本軍の兵力を少しは吸引できる。

ゲームデザインについて
実際に京漢作戦が開始されたのが、計画では1944年4月20日だが、実際は4月17日の夜間から開始された。
確山に到着し京漢陸路の打通に成功、南北の連絡を完成したのが5月9日。洛陽を攻略して京漢作戦が完了したのが5月25日。
ゲームでは6ターン目が6月となっているので、6月1〜11日に行われた第一軍による霊宝会戦も含まれると思われる。
マップを見るとほぼ戦史叢書の作戦地図と一致するので、京漢作戦全体を扱ったゲームとしては細かい点はともかく完璧に再現されている。
各ユニットに部隊名がきちんと書かれているのが何気にすごい。日本軍はともかく中国軍は部隊数が多くて非常にややこしいのによく調べた
ものだと思う。しかも、個々に戦闘力が違うのでこの辺も何かの資料や実際の戦闘での戦いぶりを見て判断しているのだろうか。
戦史叢書をざっと見ただけでも不明な点が多かったし、造詣の深さに感心する。
今後、湘桂作戦のゲームにも期待したい。中原会戦とかマイナーな日中戦争ものもいいかなとも思ったが、大戦前の戦いは一方的なものが
多いからゲーム化しても面白みがないかもしれない。

大陸打通作戦というと壮大な感じがして京漢作戦だけだと物足りない感じがしていたが、調べてみるとまず京漢作戦を行って補給をよくした上で
湘桂作戦が行われるという順番で、区切りがよいので完全に分けてしまっても全く違和感がなくこれはこれでいいのかなと感じた。
逆に規模がでかくなると大味になってしまうので、京漢作戦だけに焦点を絞って細かく作ってあるのでこの作戦についての知識が深まって良かった。







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